桂 文春さん(桂 文時)の想い出
桂文珍さんの3番弟子、「桂文春」さんがお亡くなりになられました。まだ41歳です。http://osaka.nikkansports.com/news/p-on-tp5-20060923-93953.html
私が新入社員であった頃で桂文珍さんのマネージャーをやっていた頃に大変お世話になり、一緒に師匠と共に日本全国へ一緒に行き、大きな声では言えないようないろんな遊びを下品な事も含めて一緒にしたものでした。
ある楽屋での出来事。文春さんは遅れてやって来たのですが、師匠が後ろに立っているにもかかわらず、「アレ?オッサンどこ行ったん??」と聞きつつ、師匠の存在に気付き慌てて「オッサン、、、オサようございます!」って言うなど数々の面白ろエピソードを持った方でした。。。
「オレを誰や思てるねん?伝説の男 桂文時(ぶんどき)や!」なんてワケ分からん事を酔うといつも言ってました。。。
営業で、前座をつとめてお客さんにウケた時は、舞台から降りてスグに、ウデをパンパン叩きながら、「してやったりや!」と。。。一方ウケなかった時は、「今日のお客さんは・・・」と、どう考えてもあんたが悪いと言う時でも言ってはりました。。
高知県での出来事。師匠と文時さんがホテルの部屋で大喧嘩!実の親子のような感じで、マネージャーとしては入り込む余地が一切無かった事も想い出されます。
営業先で師匠を含めた打ち上げの後、我々の本当の打ち上げを明け方まで一緒にしたものです。。。
どんな時でも周りを明るくさせ、後輩の面倒見も良く、先輩からも好かれる素晴らしい人間性を持った方で私も大好きでした。
昨年の春に奥さんを亡くされ、一人で4歳の子供を育てていたのですが・・・41歳と言えば噺家としてもまだまだコレから・・・って時だったのですが。。。
訃報を聞いて、なんて言ったらいいのか・・・
私は金曜日の夜の告別式には間に合わなかったのですが、夜に会場へ行きました。三枝師匠・鶴瓶師匠をはじめ多くの噺家さんや芸人さんが、いらっしゃって文春さんの死を悔やんでおりました。。。
この世界に入って、一番最初に影響を受けた方のお一人です。文春さんの存在で、私自身が影響された事は多々あり、私自身の中でずっと文春兄さんは生き続けます。
文春さんの「決して人を不愉快にさせず」「空気を明るくする」素晴らしい人間性を私自身も持てるように、今すぐ努力したいと思います。。。
安らかにご永眠されますようお祈りいたします


41歳… 落語家ならまだまだ若手ですよね… とても悲しいです。
投稿: わっち | 2006年9月26日 (火) 午前 04時22分
元気でいるのだとばかり、思っていただけに、今死を知り、永く生きられない人だなあと思ってはいましたが、ただただ驚きとショックです。 彼との最後の会話が悔やまれます。 あの世では、苦労せず、幸せになってほしいです。 お墓は和歌山でしょうか? 会いたい・・・です。
投稿: yuka | 2007年6月 5日 (火) 午前 08時51分